大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)261号 判決 1979年4月27日

控訴人

沢二郎

右訴訟代理人

榊原正毅

外三名

被控訴人

株式会社但馬銀行

右代表者

倉橋豊

右訴訟代理人

北山六郎

外三名

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一億七一〇〇万円及びうち金一六二〇万円に対する昭和四三年六月二六日から、うち金一億五四八〇万円に対する昭和四五年四月二一日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて十分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決の第二項は、控訴人において金三〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人が肩書住所地に本店を置き、神戸市生田区加納町四丁目に神戸支店を有する銀行であること、控訴人主張の本件各定期預金が右神戸支店にされていることは、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  訴外山田正光は、司法書士をするとともに、宅地の造成分譲等を業とする京阪神土地株式会社等の経営をしていたもので、神戸市内のいくつもの銀行、相互銀行と銀行取引をし、多額の融資を受ける一方、右融資のいわゆる見返りとする趣旨で、自己又は関係会社として相当額の銀行預金をしていたほか、多数の知人等の第三者に依頼をして右取引銀行に多額の定期預金をさせていた。右の第三者の出捐による定期預金の預金者名義は出捐者本名の場合もあり架空名義の場合もあり、その預け入れ手続は山田の側でする場合もあり出捐者みずからかした場合もあつたが、いずれの場合も、山田は出捐者(又はその仲介者)に銀行利率以上の裏金利を支払い、定期預金証書は出捐者に保管させたものの、山田に無断で中途解約されることのないよう(この点は、見返りの融資が行われている関係上、銀行側から要求があつた。)届出印は山田の側で保管するようにしていた(ただし、中途解約をされるおそれのないときは、真実の届出印を出捐者に保管させることもあつた。)。かように、山田は多数の者を勧誘して多額の銀行預金をさせ、これを見返りに銀行から融資を受けていたいわゆる導入屋でもあつたが、このことは神戸市内の金融機関にも次第にひろく知られるようになり、被控訴人も知つていたばかりでなく、預金獲得のため山田に対し第三者出捐の預金の斡旋を明示的に又は黙示的に依頼し要請していた。

2  控訴人の亡父沢勇一は、生前、貸金業等を営み相当の資金を有していたが、かねて山田と親交があり、山田から日歩四銭程度の裏金利を支払うから山田の指定する銀行に定期預金をするよう依頼され、これに応じて昭和三八、九年頃からいくつかの銀行に定期預金をするようになつた。

右定期預金は、いずれも架空名義で、主として六か月満期であり、預け入れ手続は沢みずから又は使者を介して行い、預金証書と届出印鑑は沢勇一が所持するのが常であつた。しかし、昭和四二年頃には、沢勇一は病気のため他出できなくなり、山田との交渉や銀行への預け入れ手続、預金証書の保管等は二男の控訴人が代理して行うようになつていた(なお、沢勇一は昭和四二年一二月五日死亡し、妻子及び子である控訴人らが相続人となつたが、のちに遺産分割協議の結果、銀行預金債権については控訴人が単独で相続することに決した。以下「控訴人」というのは、沢勇一の生前については同人の代理人を意味する。)。

3  山田は昭和三九年頃から被控訴人とも銀行取引を始め、昭和四二年八月頃には山田個人として数千万円の貸付を受けていたが、その頃山田は被控訴人に対し宅地造成等の資金として四億円を京阪神土地に融資して貰いたいと申し入れ、同月二三日頃、担保として、京阪神土地所有の不動産に根抵当権を設定し、山田及び高坂政男(京阪神土地の代表取締役)が保証人となり、かつ右融資を受ける期間中、融資額と見合う金額の架空名義の定期預金をすることを条件として、二億五〇〇〇万円の融資が受けられることが決定した。その際、被控訴人は右定期預金につき質権設定を受けて預金証書を保管する旨を申し出たが、山田は、預金証書を預けると税務署の調査で架空名義の預金であることが発覚し課税されるおそれのあるなどと種々口実をもうけて右申出を拒んだので、右定期預金が山田自身の出捐によるものではないことを窺知していた被控訴人はこれを諒承し、代りに、銀行貸付金につき京阪神土地が履行を怠つたときは山田の保証債務と右架空名義定期預金とを相殺されても異論はない旨の相殺予約証書を差し入れるよう要求し、山田も結局これを諒承した。そうして右貸付契約に基づき、被控訴人から京阪神土地に対し同年九月八日五〇〇〇万円が貸し付けられたほか、数回に分けて数千万円単位で合計二億七五〇〇万円の貸付が実行され、昭和四三年一月頃には追加担保の差入も行われた。

4  右貸付契約の頃、山田は控訴人に対し、被控訴人銀行に定期預金をするよう依頼したので、控訴人はこれを承諾し、従前控訴人が山田の依頼により他の銀行に対して架空名義で預金をしていた定期預金の満期が到来する時点で、これを被控訴人に対する定期預金に預け替えることとし、もつて本件各定期預金をした。その預け入れの経緯は大要次のとおりである。

(一)  控訴人は他行における従前の定期預金の満期頃である本件各預入日頃に、それまで所持していた従前の預金証書と届出印とを持つて山田事務所に行き、これを山田に交付して満期解約手続を依頼し(右解約手続を山田に依頼したのは、従前の定期預金が山田に対する銀行からの融資の見返りになつていたことと新たな定期預金をするための打合わせをしたり裏金利を受領したりすために山田事務所に行く必要があつたこと等の便宜に基づくものであつた。)、これと引換えに山田から右預金額面と同額の保証小切手又は小切手を受領し(山田は右解約手続を引き受け、その払戻金を控訴人に交付する代わりに、便宜上、自己が振り出し又は作成依頼した右小切手類を準備して控訴人に交付したものである。)、新たな定期預金に対する裏金利をも受領した(もつとも、右の新たな預金の資金の出所に関し、控訴人の主張、供述には原審以来動揺が見られ、当審での「福徳相互銀行の架空名義預金を被控訴人銀行に預け替えた。」旨の供述にも逐一の明細にわたる裏付けがあるとはいえないことは、被控訴人の指摘するとおりである。しかし、控訴人が多数の銀行に架空名義預金をしていて、満期に書き替えた回数も極めて多いと認められることを考慮すると、本件定期預金預け入れの際の直接の資金の出所を正確に辿ることは容易ではなく思い違い等が混入するのは止むをえないところである。また、控訴人提出の福徳相互銀行の預金に関する控え(甲第五三号証の一ないし七)の信憑性が疑問の余地のないものであると断じ難いことも、被控訴人の指摘するとおりであるが、前記認定は右控えの記載のみに基づいてしたものではないばかりでなく、右被控訴人の指摘中にも誤解に基づくものが含まれている。例えば、甲第五三号証の四の「本田末吉」から「福井鈴子」までの各預金について返還請求訴訟がないという点は、右のうち「秦享三、村井義一、岸夏子、植村一周、永岡正信、播磨行也、仲田実、福井鈴子」名義の分は、同号証の六、七のとおり満期に書き替えられたうえ次の満期に返還(控訴人により回収)されたと窺われるし、その他の名義の分は満期に他の架空名義預金に書き替えられた可能性があり、これらの名義の分についての返還請求訴訟が提起されていないからといつて同号証の記載がすべて矛盾していると断ずることはできない。)。

(二)  控訴人は、右山田事務所において、被控訴人に対する新たな架空名義預金のために山田側で準備した数個の印鑑を受領し、山田と打ち合わせながら、右印鑑に刻まれた姓を架空の姓とし、これに適宜の名を組み合わせて架空名義を決定し、各名義人ごとの預金額を定めた。山田は右の打ち合わせの結果を被控訴人に電話等で連絡した。

(三)  預け入れ手続には、控訴人又はその使者が前記小切手類(控訴人は現金であると主張するが、被控訴人の入金伝票類と照合すると、小切手類であると認めるほかはない。もつとも、被控訴人の昭和四二年九月九日付の入金副票(乙第七号証の一)は当時作成されたものではなく、後日に記載事項を訂正して作り直したものであることが明らかで、これを何らの断りもなく日付当時に作成された伝票であるかの如くにして証拠として提出した被控訴人の訴訟活動には遺憾の点があるが、被控訴人の入金関係の伝票等がすべて真実と異なるとまで認めるべき証拠があるわけではない。)及び前記の印鑑を持つて被控訴人銀行の窓口に赴き、控訴人の預金とする意思のもとに、前記打ち合わせのとおりの名義と金額で、右印鑑を届出印として、本件各定期預金手続をした(架空名義人の住所は銀行員に適当に書かせた。なお、山田は、控訴人に交付した印鑑と酷似した印鑑を手許に置いておくのが常であつた。)。

(四)  控訴人又はその使者は、右預け入れ手続の済んだ窓口で、本件各定期預金証書及び届出印を受領し、直ちにこれを控訴人の取引銀行の保護金庫に収納して保管し、これらを山田の手許で保管したことはなかつた<証拠判断略>。

(五)  被控訴人は、右預け入れの前後の頃に担当者が山田事務所を訪れ、被控訴人側で用意した前記相殺予約を記載した「証」と題する書面に山田の署名捺印をもらつた(控訴人所持の前認定の印鑑の印影は、被控訴人が山田から差入れを受けた右「証」に押捺された各架空名義の印影と同一であるが、控訴人が届出印を窓口からそのまま持ち帰り、被控訴人がその後に山田の手許の印鑑を右「証」に押捺してもらつていたとすれば、右各印影が同一であるということはあり得ない筈であり、また、検甲第二二、第二三、第二五ないし第三〇号証の各印影は印鑑届の印影とは一致しないのにこれに相当する預金についての各「証」の印影は印鑑届のそれと一致している点も、疑問の残る点ではある。しかし、右の点も、前認定のとおり山田が一つの架空名義ごとに二個の酷似印を用意していたことや、各「証」に架空名義人の印鑑が押捺されたのが必ずしも各預入行為の後であつたとは断じ難い(原審における山田証言でも、右捺印が預金の前に行われたことを窺いうる。)こと等を考慮すると、控訴人の所持する印鑑の一部が印鑑届のそれと異つているからといつて、上記認定を覆えすに足りる決定的な理由とはなり得えない。)。

(六)  山田は、右のように、控訴人と架空名義の打ち合わせをし、これを被控訴人に連絡し、また被控訴人に相殺予約の「証」を差し入れたりしたが、山田としては控訴人に打ち合わせどおり確実に定期預金をしてもらい、みだりに中途解約されなければ十分であつたのであり、貸付金については不動産担保があつて実際に右預金が自己の保証債務と相殺処理されることを予期していたわけではなく、控訴人も前記「証」の差入の事実は知らされていなかつた。

以上のとおり認められ、<る。>

三そこで、本件各定期預金の預金者が誰であるかを考えるに、今日、銀行の窓口で大量的かつ定型的に行われる預金契約の締結に際しては預金者の住所、氏名等の表示は殆んど実質的な意味を失つているのが実情であるといわれており、特に無記名定期預金の場合には預金契約が締結されたにすぎない段階において銀行としては預金者が何人であるかにつき格別の利害関係を有するものではないから、特段の事情のない限り、当該預金の出捐者をもつてその預金者と解すべきであることは確定した判例であり、このことは、出捐者ないし預金行為者と預金名義との結び付きが極めて稀薄な架空名義による定期預金契約の場合にも原則として妥当すると解するのが相当である。そうして、本件の架空名義定期預金の出捐者は、前認定の事実関係に徴すれば控訴人であるというべきである。もつとも、本件預金の入金に際し、被控訴人銀行には、山田から控訴人に交付された保証小切手又は小切手が持ち込まれたのであるが、右小切手類は、いずれも従前控訴人がその出捐よつて他の銀行にしていた架空名義義預金を満期に解約したうえ被控訴人銀行に預け替える便宜上の手段として、一種の換金がなされたものにすぎず、その出捐者は依然として控訴人であると解するのが相当であり、右小切手類の振出名義人ないし作成依頼人がたまたま山田又は山田の関係会社であるからといつて、それが山田らの資金であると目するのは当をえないというべきである。加うるに、本件においては、控訴人又はその使者において控訴人出捐の資金を被控訴人の窓口に持参し、控訴人の預金とする意思をもつて預金預け入れ行為をもなし、かつ、その預金証書の全部と届出印の大部分をも控訴人が所持していて、被控訴人に対しその支払を請求しているのである(届出印の一部を所持していないことが本件においては決定的な意味を持たないことは、前記のとおりである。)。なおまた、本件においては、本件各定期預金がなされるに先立つて被控訴人と山田との間で金銭の貸付契約が締結され、その際山田が右貸付額に見合う架空名義の定期預金をすることを約し、かつ、これにつき相殺予約がなされたのであり、また各定期預金の預け入れがなされる際に山田から被控訴人に対しその旨の連絡をしていることも前認定のとおりであつて、被控訴人としては当初から何人の預金であるかに利害関係を有していたことは否定できないが、他方、被控訴人は当初から山田からの連絡に基づく架空名義定期預金が山田の出捐によるものではないことを窺知していたため、単に山田との間で上記の約定をしたにとどまり、山田以外に、存在する出捐者との間でそのような約定をしたり、右定期預金証書を占有したりした事実はないのである。まして、前認定の事実関係からすれば、山田が控訴人の金銭を横領するなどして自己の預金とする意思で右各約定等をしたのでもないし、山田が控訴人から金銭を借り入れて預金をしたという関係に立つわけでもないのである。

してみれば、本件各定期預金の預金者はいずれも控訴人であると解すべく、控訴人より被控訴人に対し各満期到来後の預金の支払を求める本訴請求は理由があるといわなければならない(本件定期預金中、亡沢勇一の資金によつて預け入れられた分について、控訴人がこれを相続により承継取得したことは、前認定のとおりである。)。

四控訴人は、本件各定期預金につき、その満期の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払を請求しているが、定期預金契約においては、預金者は満期の到来後いつでもその払戻を請求して銀行を遅滞に陥らしめることができるけれども、その払戻の請求をしない限り銀行は当然には遅滞に陥るものではないと解するのが相当である。本件においては、控訴人が本件各定期預金の満期の日に被控訴人に対して払戻の請求をした旨の主張、立証はなく、<証拠>によれば控訴人は本件1ないし3の定期預金(金額合計一六二〇万円)につき昭和四三年六月二一日付書面で払戻の請求をし、右書面が同月二五日に被控訴人に到達していることが認められ、またその余の定期預金(金額合計一億五四八〇万円)については控訴人は昭和四五年四月一五日受付の請求拡張申立書によつて支払を請求し、同書面を同年同月二〇日被控訴人代理人が受領したことは記録上明らかである。したがつて、被控訴人は控訴人に対し、一六二〇万円については昭和四三年六月二六日から、一億五四八〇万円については同四五年四月二一日から、それぞれ完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負うに止まり、控訴人の請求中これを超える部分は失当といわなければならない。

五以上のとおりで、控訴人の請求を全部棄却した原判決は不当であるから、これを取り消し、右請求を主文第二項の限度で認容してその余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石美則 永岡正毅 友納治夫)

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